日常のコミュニケーションの大切さ

業務において、ご利用者やご家族とコミュニケーションを取ることは日常的なことですが、とても重要だと感じます。
挨拶や体調確認は勿論ですが、その方の意向や要望を知るきっかけにもなり得ます。

 

ご利用者様やご家族がサービス提供(者)について、どのように感じているか、見ているか、評価しているか、といった点は気になることであり、むしろ気にすべきことだと思います。
「どのように…」の判断材料には、サービス提供内容、ご利用者やご家族と直接関わる者の対応、電話など間接的に関わる者の対応、など色々な場面が含まれると思います。

 

ご利用者やご家族によっては、要望、思っていることや感じていることを主体的に直接伝えてくださる方もおられます。これはとても有り難いことだと思います。
一方で、直接ではなく、他の職員や他職種、或いは他の事業所からの報告によって間接的に知る場合もあります。
望ましくない場合として、ご利用者やご家族が何らかの不満や思いを持ち続けているのに対し、察知出来ないことがあります。
場合よってはいずれ、クレームやサービス終了に発展してしまう恐れもあるでしょう。
このようなことを防ぐためにも、サービスを受ける側がどのように感じておられるか、どんな考えを持っておられるか、満足度は?といったことを常に気にかける習慣が重要だと思います。

 

不満やクレームが出ないことを基準に配慮するわけではありません。ご利用者やご家族のサービス利用目的や、目標達成ということに目を向けることが大切であるということです。
日常においてコミュニケーションを取る中で、上記のようなことに対するご利用やご家族の思いを察することが可能であり、自ら察し、把握するように努めるべきだと思います。

 

ご利用者やご家族から、何かあれば気兼ねなくサービス提供者側に申し出てくださる、相談してもらえるような関係性を作ることが重要と考えます。そしてそのような関係性構築のためには、日頃からのちょっとした声掛けや傾聴、意思疎通といったコミュニケーションの積み重ねが重要になるのだと思います。
今日も関わる方々とのコミュニケーションを大切にしたいと思います。

 

医療事業部

訪問リハビリテーション 課長 松岡


人こそ人の鏡(鑑)

仕事において、色々な方々と様々な内容についてやりとりをします。他者から得られるものは自分の仕事に必要な返答や情報だけではありません。他者の言動からは、多くのことが得られます。
他者の言動によっては、「人の振り見て我が振り直せ」「反面教師」「人こそ人の鏡(鑑)・他人は自分を写す鏡(鑑)なり」、などのことわざを思い起こさせてくれます。

 

「自分のことや自分の立場でしか物事を捉えていない」と思わせる人もいれば、「利用者やそのご家族の立場や視点で物事を捉えている」と思わせる人もいます。
我々が仕事で提供する内容は、一般的に考えると「間違いない」、或いは「妥当である」、と判断される内容であっても、時に対象者にとっては必ずしもそうではない場合があり、対象者の意図や思いを汲み取ったり、対象者の立場を正しく捉えることの難しさや重要性を再認識します。
自分を含め、自分を取り巻く方々それぞれの視点や立場で物事を考え、思いやる気持ちを持って仕事に携わりたいと思います。

 

 

「人の振り見て我が振り直せ」
人の振り見て我が振り直せとは、他人の行動を見て、良いところは見習い悪いところは改めよということ。

 

「人こそ人の鏡(鑑)・他人は自分を写す鏡(鑑)なり」
他人の言動は鏡に自分をうつす鏡のようなものであるから、他人を見て自分を改める参考にせよということ。鏡に自分の姿をうつして正すように、他人の言動は自身を正すのによい手本になるということ。
『書経』に、「人は水に鑑みること無く、当に民に監みるべし(水鏡に自分をうつして見ることをせず、人民の声によって我が身を反省するのがよい)」とあるのに基づく。
鑑は人としての模範・規範を意味しています。「鑑みる」が、先例や規範に照らし合わせたり、他を参考にして考える、という意味はここから来ています。

 

訪問看護ステーション
課長 理学療法士 松岡


初心不可忘

4月から介護保険事業課、訪問サービス部門に赴任した理学療法士の松岡です。
毎年、4月になると思い出して、忘れてはいけないと思うことわざがあります。
それは、「初心忘るべからず」です。
4月に思い出す理由は、新入職員をみて自分の新人の頃を思い出すからです。

「初心忘るべからず」
何事においても、始めた頃の謙虚で真剣な気持ちを持ち続けていかねばならないという戒め。

このことわざは、室町時代に能を大成させた世阿弥(ぜあみ)が書き残した言葉の一つで、60歳を過ぎた頃に、能楽の修行について書かれた『花鏡(かきょう)』の結びに記載されているそうです。
世阿弥が残したことばの意味は、現在で用いられている意味(上記)とは少し異なっています。書かれていることばは以下の通りです。
 彼の言う「初心」とは、「始めた頃の気持ちや志(初志)」に限定されておらず、「芸の未熟さ」「初心者の頃のみっともなさ」という意図も含まれているようです。
初心者の頃のみっともなさや未熟さを思い出すことにより、「あの恥ずかしい状態には戻りたくない」と思うことでさらに精進できるのだ、と説いたようです。

人生の中に幾つもの初心がある。若い時の初心、人生の時々の初心、老後の初心。それぞれを忘れてはならないと言っています。

もう少し詳しく述べますと、若い頃の未熟な芸を忘れなければ、そこから向上した芸も正しく認識できる、と説いています。
続く「時々の初心忘るべからず」は、若い時の未熟な状態から抜け出した後、年を重ねていく各段階で、年相応の芸を学んだ時の初めての境地を覚えておくことにより、幅広い芸を身につけることが可能になると説いています。
そして最後の「老後の初心を忘るべからず」は、老後にさえふさわしい芸を学ぶ初心があり、それを忘れずに、限りなく芸の向上を目指すべきと説いています。

仕事だけでなく、自分が関わることの出来るあらゆる人や事について、「初心忘るべからず」の謙虚な姿勢と、合わせて学ぶ姿勢、感謝と思いやる気持ちを忘れずに過ごすことができればと思います。

訪問看護ステーション
課長 理学療法士 松岡

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