『人は捨てたもんじゃない!』『動けることのありがたさ』

今年1月末に左寛骨臼骨挫傷のため約2週間の入院生活を送った。

 

小雨の降る寒い夕方自転車で走行中、車道から歩道に上がろうとした時に前輪が滑り転倒した。見ていた人によると、「かなり飛んでいた!」と(笑)
直後は「痛い」より恥ずかしさが大きく、声をかけてくれる方々に、「大丈夫です」「少しじっとしていれば治ります」と強がりな発言。心の中では「こんなん痛すぎて立ち上がることもでけへん。骨折れたかも?入院?仕事休まなあかん。みんなに迷惑かけるなあ〜」と、うろたえながらも歩道でしばらく座り込んでいた。

 

道路を挟んだ向かいのガソリンスタンドの方が、「救急車呼んだろうか?」と2度ほど声をかけてくれます。通りすがりの女性が血を流している膝にタオルを当ててくれます。信号で停止したトラックの運転手さんがわざわざ車から降りてきて「姉ちゃんだいじょうぶか?」と声をかけてくれます。
こんな時でも(姉ちゃんって言ってくれた。おばちゃんじゃなくてよかった)なんて思いながら時間が経過。いつまでも座り込んでるわけにも行かず、ともかく自転車に乗って移動しようとまず立ち上がろうと挑戦するも1人では立ち上がることもできず。
雨で人もあまり歩いてなくて、思わず向かいのガソリンスタンドのお兄ちゃんを手招きして近くに呼び寄せる。「すみません。後ろから抱えて起こして欲しいですねん、ほんで、自転車に座らせて」とお願いする。
何とか自転車に座れることができ、約30分の距離を再度自転車にまたがり事務所まで帰る途中も、信号待ちなどですれ違う何人かの方が「膝から血が出ていますよ。大丈夫ですか?」と声をかけてくださり、本当にみんな親切。親切。


事務所に着いて、今度は自転車から降りることもできずまたがったまま待つこと10分。

同僚が戻り、抱きかかえて降ろしてくれる。怪我の手当てをしてくれ、濡れた身体を拭いてくれて、温かいコーヒーを買ってくれる。といたせり尽くせり。

とりあえず近医を受診しようと思うも、自転車でここまで帰ってきたのが夢やったんか?と思うほどの痛みで足が一歩も出ず。同僚が車椅子を病院に借りに行ってくれる。急な坂道を押してもらい何とか受診。勤務終了時間も過ぎているのに受診が終わるまで事務所で待機してくれていた。

 

皆さんのおかげで何とか自宅の近くの病院を受診し、無事入院。
今度は入院先の看護師さんやヘルパーさんのお世話になり、忙しくしている家族の代わりに毎日病院に通ってくれた友達のお母さんのお陰で安心した入院生活を送れました。

 

最初は、ベッドから足が落ちても自分で上げることもできず、寝返りを打つこともできず、もちろん排泄も自分ではトイレに行くこともできず。の3日間でした。
痛みも徐々に治まり、ベッドから起き上がる練習、降りる練習、そして車椅子での自力走行。松葉杖を使っての歩行練習。
朝、目が覚めてベッドから真横の洗面所に立てるまで約20分。次にトイレまで5メートルほど移動するのに約10分。便坐に座るまで3分。などなど何をするのも時間のかかる事!かかる事!普段からせっかちな私は、イライラの毎日。


家に帰ってからも、マンションの玄関の鍵は開けられても、重いドアが開けられない。玄関で靴を脱ごうにも椅子に座らないと脱げない。部屋についても10僂曚匹涼丙垢怖い。トイレに手すりがないと便坐に座れない。お風呂の椅子が低すぎて座れない。浴槽が跨げない。松葉杖を持っていると洗濯物もうまく干せない。流し台にも椅子がないと炊事ができない。ベランダにごみを捨てに行くことも一苦労。

その様子を見ていた家族が、コロコロのついた椅子やベッドから一人で起き上がれるように紐をつけてくれたり、トイレに置く手すりの用意。そして友達やそのお母さんが、つい最近まで自宅介護でお母さんが使っていたお風呂用の高い椅子、杖等と少しでも楽に過ごせるようとに貸してくれました。(ありがたい!)


日が経ち片方だけの松葉杖になるも、足と杖の出し方がわからない。
今まで利用者さんには簡単に1番杖、2番左足、3番右足と言っていたが、いざ自分が歩こうと思っても、足の出し方も考えないと踏み出せない。


長い自宅療養を終え、いざ出勤。

電車でも杖を持っていると、椅子取りゲームのごとくやっと確保した座席を譲ってくれる方が居て、親切に甘え座るも何かお尻がもぞもぞする。代わってくれた方に申し訳なく居眠りもできず、携帯をさわることも悪いように思う。

仕事中もスタッフが私の行動をよく見ていて、重いものを持つとすぐ代わってくれる。椅子を出してくれる。また雨の日は、「駅まで危ないから」と車で送ってくれる。

 

こんな体験をして、利用者さんの気持ちが今更ながら理解できてくる。
今まで以上利用者さんの気持ちに寄り添い、少しでも良い看護がしたいとつくづく思い知らされました。

 

皆さんも今一度、ふつうに動ける事のありがたさに感謝し、あと1歩利用者さんに寄り添うことをお願い致します。利用者さんの笑顔が増えると思います。きっと。

 

訪問看護ステーション

課長代理 看護師 嶋田 裕子


思い通りにならないこと

自分の思い通りにならないことがあるとつい、いらいらしてしまいます。
時には、家族に思いをぶつけたりしてしまいます。

ある日主人から、「思い通りにならないこと」こそが、この物質世界がもつ最高の価値である、という話を聞きました。
何故? と聞くと、「思い通りにならない」現実があり「思い通りにならない人生」をいかに正しく苦悩しながら生き抜き、普段は思い通りにならないからこそ、時折願いが叶うと喜びと感謝にあふれ、生きがいや、やりがいを感じることができる、という話でした。

私はこの話を聞いているうちに、ご利用者様のことを思い出していました。
現実の苦しみに喘いでられる方。
自己のプライドや、自我の考え方から抜け切れず苦しんでおられる方。
自分の苦痛は他人にはわからないと、心を閉ざされている方。
また、生きる意欲を失って、今後の人生なんて考えられないとおっしゃる方など、さまざまなご利用者様がいらっしゃいます。

誰もが毎日、「思い通りにならないこと」に苛立っています。
スタッフの皆さんもそうではないでしょうか?
少し考え方を変えて、「これであたりまえなんだ」と思えるようになれば、気持ちが落ち着いてくると思います。ご利用者様の、「ありがとう」「ご苦労様」の一言だけでやりがいを感じることができるかもしれません。

「思い通りにならないこと」は数多ありますが、ご利用者様に温かい言葉や励ましの声をかけ、一歩でも前へ進めた時は共に喜び合い、ご利用者様が毎日に希望を持って過ごされるよう、手助けして参りたいと考えております。

終わりよければ全てよし

昨年10月、義父が肺癌による抗癌剤治療と手術のため入院しました。順調よく回復に向かっていましたが、11月初旬容態が急変し、家族が駆けつけた時には人工呼吸器を付けられ息絶え絶えの状態でした。

主治医より何度か家族が呼ばれ、その都度治療方針について相談や説明がありました。
私は看護師として、今まで数多くの患者様と接してきました。また、ターミナルの対応も経験してきました。医療専門職として、患者様のお世話をする立場から介護する立場に立ち、その都度の場面で今までとは違ったものの見方、考え方を教わりました。個人個人が生きてこられた人生観なども含めて、様々な接し方があると痛感いたしました。

意識がもうろうとする中でも、家族の呼びかけに手を握り返す行為が何度かみられました。義父にとって最後の持てる力と感じ取ることができました。そして 「ありがとう」 の精一杯の表現だと思いました。

義父が何を望んでいるのか?
どのような最期を迎えたいのか?
家族皆で相談し考え抜いた結論は間違ってはいないか?
答えは出ないままの日々でした。
家族が望んだ、「最後の一口でいいから義父が好きであった物を食べさせてあげたい。そしてそれが命を縮める事になっても・・・」 との希望を主治医に伝えたところ、主治医をはじめ医療チームの方々が精一杯努力してくださいました。

何度かの危篤状態も乗り越え頑張った義父ですが、1月31日、永眠いたしました。
結局何も口にできなかった義父ですが、穏やかな顔をして旅立っていきました。

「終わりよければ全てよし」 と言う言葉があります。
いい人生の終わり方だと私は信じ、今は義父を偲び毎日を暮らして生きたいと思っています。

| 1/1PAGES |

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>

staff list

selected entries

categories

archives

links

others

search this site.